なぜ日本の物流は標準化できないのか?
先日、IAA TRANSPORTATION 2026を視察するため、ドイツ・ハノーファーを訪れました。
前回の記事では、会場で目にしたEVアクスルやBEVをはじめ、8年前とは大きく変わったIAAの様子を現地からお伝えしました。
今回は車両そのものから少し離れて、ドイツ、そして欧州の物流を見ながら私自身が改めて考えたことを書いてみたいと思います。
それは、
「なぜ日本の物流は、これほど標準化することが難しいのだろうか?」
ということです。
私は研究者でも行政の人間でもありません。
京都で実際にトラックを走らせ、日々、荷主企業から仕事をいただき、ドライバーを雇用している中小運送会社の経営者です。
だからこそ、現場から見えることもあるのではないかと思っています。
パレットひとつを取っても違う、日本と欧州
分かりやすいのがパレットです。
日本では1,100mm×1,100mmの「T11型」が標準的な規格として推奨され、国も標準化を進めています。
一方、欧州で広く使われている代表的なものが、1,200mm×800mmの「ユーロパレット(EUR/EPAL)」です。
もちろん、欧州のすべての荷物がこのサイズで運ばれているわけではありません。業種や用途によって別のパレットも存在します。
それでも日本との違いとして私が興味深く感じるのは、単に「パレットの寸法が決まっている」ということではありません。
ユーロパレットは、国や企業をまたいで繰り返し使用し、一定の品質を保ちながら交換・循環させるという考え方まで含めて物流の仕組みに組み込まれています。
つまり、「同じサイズの板を使う」というだけではなく、その規格を前提に物流システム全体を組み立てている。
ここは日本との大きな違いではないかと思います。
日本でもT11型の普及は進められています。
しかし実際の物流現場では、業界や荷主、製品によってさまざまなサイズのパレットが使われています。
もちろん、それぞれ理由があります。
製品寸法が違う。昔から使っている設備がある。倉庫のラックがそのサイズで作られている。包装ラインも自動倉庫も既存の規格を前提に設計されている。
ですから、
「明日から全部T11に統一しましょう」
と言ったところで、簡単にできる話ではありません。
実際、国土交通省でも2021年に官民物流標準化懇談会を設置し、パレット標準化について継続的に議論してきました。
標準化の方向そのものは間違っていないと思います。
ただ、欧州でユーロパレットが物流インフラの一部として定着している姿を見ると、
「日本はなぜ、規格を決めるところから、その規格を社会全体で使うところまで進むのに、これほど時間がかかるのだろうか?」
という疑問が湧きます。

「既得権益があるから」だけでは説明できない
こういう話になると、「既得権益があるから進まない」という意見も出てきます。
確かに既存の業界構造や商慣行が変化を難しくしている面はあるでしょう。
ただ、実際に会社を経営していると、それだけでは説明できないとも感じます。
たとえば荷主企業が長年使ってきたパレットサイズを変更するとします。
パレットだけを買い替えれば終わりではありません。
ラック、自動倉庫、コンベヤ、包装設備、ケース寸法、フォークリフトによる荷役方法、取引先の受入設備まで影響する可能性があります。
企業によっては非常に大きな設備投資になります。
一方で、標準化によって得られるメリットは誰に出るのでしょうか。
荷役時間が短縮される。
トラックの待機時間が減る。
積み替えが減る。
ドライバーの負担が軽くなる。
トラックの回転率が上がる。
サプライチェーン全体では大きなメリットがあっても、設備変更の費用を負担する会社と、そのメリットを受ける会社が必ずしも同じではありません。
ここに物流標準化の難しさがあるように思います。
日本の物流は「現場が何とかしてきた」
そして私は、もう一つ大きな理由があるのではないかと思っています。
それは、
日本の物流現場が優秀すぎたことです。
少し皮肉な話です。
パレットサイズが違えば積み替える。
荷姿が違えば積み方を変える。
納品先ごとにルールが違えばドライバーが覚える。
時間指定があれば、その時間に合わせる。
荷物がパレット化されていなければ手で積む。
予定より荷物が増えれば、何とか積めないか現場で考える。
荷主企業ごと、納品先ごと、商品ごとに違う条件を、運送会社とドライバーが吸収してきました。
それによって、日本の物流は非常に高い品質を維持してきたと思います。
しかし逆から見ると、
「標準化されていなくても現場が何とかしてくれる」
という状態を長年続けてしまったとも言えます。
これが、日本物流の「現場力の功罪」ではないでしょうか。

「ドライバーが頑張れば何とかなる」は、もう続かない
私自身、35年以上この業界を見てきました。
昔なら多少効率が悪くても、人がカバーできました。
しかし現在は状況が違います。
ドライバー不足、高齢化、労働時間規制、最低賃金の上昇、燃料費、高速道路料金、そして車両価格の上昇。
運送会社を取り巻くコストは確実に上がっています。
一方で、トラックが荷物を運んで初めて売上になるという基本構造は変わりません。
荷待ちしている時間。
荷役している時間。
積み替えている時間。
納品時間まで調整している時間。
これらもすべて、ドライバーという限られた人的資源を使っています。
これからドライバーがさらに貴重になる時代に、
「最後は運送会社が合わせてくれる」
という物流を続けることは難しくなっていくと思います。
2024年問題は「運送会社だけの問題」ではなかった
2024年問題という言葉が広く知られるようになり、物流を取り巻く環境は少しずつ変わってきました。
そして2026年4月からは、改正物流効率化法により一定規模以上の荷主や物流事業者に、中長期計画の作成や定期報告などが求められるようになっています。
荷待ち時間や荷役時間についても、物流全体で改善していこうという方向になっています。
これは大きな変化だと思います。
なぜなら物流問題を、
「運送会社がもっと効率化すればいい」
という話だけではなく、
「荷主も含めたサプライチェーン全体の問題」
として考え始めたからです。
パレット標準化も同じです。
運送会社だけでは変えられません。
荷主だけでも変えられません。
倉庫だけでも変えられません。
製造、包装、保管、荷役、輸送、納品まで含めて考えなければ、本当の標準化にはならないと思います。
欧州をそのまま真似すればいいわけではない
今回ドイツへ行って改めて感じたのは、海外の制度をそのまま日本へ持ってくれば解決するほど単純ではない、ということでもあります。
道路事情も違います。
国土も違います。
商習慣も違います。
製造業の構造も違います。
そして日本には、日本が長年築いてきた非常に高い物流品質があります。
ですから私は、
「欧州は進んでいて、日本は遅れている」
という単純な比較をしたいわけではありません。
むしろ、
日本物流の良さを残しながら、どこまで「人の頑張り」に依存しない仕組みに変えられるか。
ここが重要なのだと思います。
標準化とは「全部同じにすること」ではない
精密機械輸送をしていると、すべての荷物を同じ方法で運べないことはよく分かります。
製品によっては専用治具が必要です。
エアサス車が必要なものもあります。
パワーゲートが必要なものもあれば、クレーンや特殊な荷役が必要になることもあります。
物流には必ず例外があります。
だから標準化とは、何もかも一種類に統一することではないと思います。
標準化できる部分は徹底的に標準化し、本当に特殊なものだけを特殊輸送として扱う。
この切り分けが重要なのではないでしょうか。
今の日本は、ともすると本来標準化できる物流まで「各社それぞれの事情」で特殊化してしまっているように感じます。
そのコストを最後に吸収しているのが物流現場だとすれば、一度立ち止まって考える必要があります。
物流会社も「言われた通り運ぶ会社」から変わる必要がある
これは荷主企業や行政だけの問題ではありません。
私たち運送会社側も変わる必要があります。
これまでのように、
「言われた条件で運んで、言われた運賃をいただく」
だけではなく、
「この荷姿に変えれば積載効率が上がります」
「この時間指定を変えれば車両を効率よく回せます」
「パレット化すればドライバーの拘束時間を減らせます」
と、物流そのものを荷主企業と一緒に考える会社にならなければいけないと思っています。
そして、その改善によって生まれる価値には、適正な対価が必要です。
安く運ぶことだけが物流会社の価値ではありません。
安全に、確実に、そして持続可能な形で物流を維持すること。
これからの運送会社には、そこまで求められる時代になるのではないでしょうか。
最後に
IAA TRANSPORTATION 2026を見ながら、最新のトラックやEV技術とは少し違うところで、こんなことを考えていました。
技術はどんどん進歩します。
トラックも変わります。
自動運転も進むでしょう。
しかし、パレットも荷姿も荷役も納品ルールもバラバラなままでは、車両だけ最新になっても物流全体の生産性は上がりません。
日本の物流を長年支えてきた「現場力」は、間違いなく私たちの強みです。
ただ、その強さに甘えて、何でも現場で吸収する物流を続けてはいけない。
「人が物流に合わせる」のではなく、「人が無理をしなくても回る物流をつくる」。
標準化とは、本来そのためにあるものではないでしょうか。
一運送会社の経営者として、これからの日本の物流について、そんなことを考えています。
